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横浜地方裁判所 昭和34年(わ)289号 判決

被告人 金沢和夫こと毛忠和

昭五・一〇・五生 無職

主文

被告人を死刑に処する。

押収にかかる郵便貯金通帳一冊(昭和三四年地領第一八一号の二四)、ナシヨナルトランジスターラジオAT一七〇型一台(前同号の二八)、ホンコンズボン一本(前同号の三〇)、一〇〇円札一枚(前同号の三九)、木製小型印一箇(前同号の四〇)、を被害者鈴木敏、同鈴木吉次郎の相続人に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は父毛培枝(中華民国人)、母毛枝宋(もと日本人、旧姓金沢ヨシ)の長男として山梨県塩山市において生れ、群馬県高崎市第一国民学校高等科二年を卒業後、国鉄高崎駅に連結手として約二年半、次いで異母姉の経営する東京都内の中華料理店にコツクとして約二年働いたのち、高崎市に帰つて両親のもとで徒食していたがその間に相次いで二人の女性と同棲し、それぞれ子供までもうけながらいずれの女性ともまもなく生別し、さらに昭和三〇年一月二九日前橋地方裁判所高崎支部において覚せい剤取締法違反の罪により懲役六月、三年間執行猶予の言渡を受けたが、昭和三一年頃からは子供らを両親に預けて埼玉県秩父方面、神奈川県小田原市方面、同県大船方面の各飯場を人夫として転々とし、同年八月頃、右大船において外山リン子と知合つて同女と同棲するようになり、昭和三二年三月には横浜市内に移り人夫として働き、同年七月頃から同市中区寿町三丁目一四一番地椿山荘の一室に住み、昭和三三年八月頃から小松船舶有限会社の常雇人夫となつたものであるが、昭和三三年一月長女が生れた頃から次第に一日金一六〇円の椿山荘の間代を滞るようになり、そのため同年一〇月頃一度は家財道具をおいたまま右椿山荘から追い出されたことがあり、そのときは友人のとりなしで今後毎月五日に金六、〇〇〇円宛必ず払うということでまた椿山荘に戻ることができたものの、昭和三四年一月一二日頃仲間の者と右会社所有のワイヤロープを持出し売却したことから自ら同会社をやめなければならないようになり、定収人の途がなくなつたため同年二月五日には右約束の間代六、〇〇〇円を支払うことができず、友人を通じ椿山荘管理人に対し間代として一、〇〇〇円を支払つた上残金は同月一〇日に必ず支払うことを約してようやく承諾を得たが同月八日当時には約一三、〇〇〇円の間代が滞り、同月一〇日に間代の残金五、〇〇〇円を支払わないときはまた立退きを要求されるかもしれないものと思いその金策に焦慮していたものであるところ

第一、昭和三四年二月八日夕刻かねてより面識のある右小松船舶有限会社所有の発動機船八幡丸の船長鈴木敏(当時四六年)に悃願して同人から金借しようと思い立ち、もし同人がこれを拒絶するときは同人を脅迫して金員を強取しようと企て、刃渡約一二糎の小型出刃庖丁を買い求めたうえこれを携行して同日午後一一時頃横浜市中区松影町一丁目一番地先堀割に繋留中の右八幡丸(一八・七五総トン)に赴き、同船々室において右鈴木敏に対し金借を申し込んだところ、拒絶されたので一旦は同船を出て河岸まで戻つたものの、また思い直して同船に赴き、さらに右鈴木敏に対し執拗に金借を申し込んだが、同人から素気なく拒絶されたのでかくなるうえは同人および傍に就寝していた同人の長男鈴木吉次郎(当時一七年)を殺害して金員を強取する外はないと決意し、矢庭に前記庖丁を右手にもち、これをもつて右鈴木敏の左胸部および左側頸部を数回突き刺し、さらにその際目が覚めて起き上り「待つてくれ」と言いながら被告人を制止しようとした鈴木吉次郎の左胸部、左側胸部および右側頸部を数回突き刺したうえ、同船室内を物色し、右鈴木敏ら所有にかかる現金一、二〇〇円(昭和三四年地領第一八一号の三九の現金一〇〇円はその一部)、郵便貯金通帳一冊(現在高金五、三一〇円)(前同号の二四)、木製小型印一箇(前同号の四〇)、ナシヨナルトランジスターラジオAT一七〇型一台(前同号の二八)、ホンコンズボン一本(前同号の三〇)を強取したが、右鈴木敏に対しては心臓右室刺創および肺動脈切截による、右鈴木吉次郎に対しては肺静動脈切截による各失血にもとずきまもなく同船室内において死亡させて殺害し、

第二、右犯行を終つて右八幡丸を立去ろうとした際同船々室内左舷側の硝子窓の柱に吊してあつた石油ランプが被告人の体に触れて火のついたまま床上に落ちて横に倒れ、ホヤは割れたがなお点火していたのを目撃するや、前記犯跡を隠蔽するため同船を焼毀しようと決意し、右点火中のランプ(ホヤのないもの)を取つて右鈴木敏の倒れている敷布団の上に裸火のまま横倒しに放置して火を放ち、右敷布団から順次延焼させて遂に同船々室(広さ約三畳)を全焼させ、右鈴木吉次郎の現存する右船舶を焼毀し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一、の鈴木敏、鈴木吉次郎に対する強盗殺人の点は各刑法第二四〇条後段に、第二、の放火の点は同法第一〇八条に該当し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるが、その量刑について考えるに、本件犯行当時被告人が判示のように間代の金策に焦慮していたとはいいながら当初から強取の意思をもつて庖丁を用意して八幡丸船長鈴木敏のもとに赴き、なんら被告人の金借の依頼に応じなければならないような事由のない同人がこれに応じないとみるや、同人及びその子鈴木吉次郎を殺害して金員を強奪することを決意し真面目にしかもつつましく生活している善良な船長父子両名に庖丁を振つて両名の生命を奪い、金品を強取し、さらにその犯跡隠蔽のため同船に放火するに至つてはその犯行の態様誠に残虐外道と言わなければならず、犯行後も逃走を計画するなどその情状悪質であり、しかも一家の働き手である父と長男の二人を失い、その日からの生活にも事欠く鈴木敏、鈴木吉次郎の遺族に対しなんらの慰藉の途が講ぜられていないことを考えるとき被告人にはなんら情状酌量の余地はないものというべく、被告人に対しては鈴木敏に対する強盗殺人の罪についてその所定刑中死刑を撰択するを相当とするので同法第四六条第二項により他の刑を科さずに被告人を死刑に処し、押収にかかる郵便貯金通帳一冊(昭和三四年地領第一八一号の二四)、ナシヨナルトランジスターラジオAT一七〇型一台(前同号の二八)、ホンコンズボン一本(前同号の三〇)、一〇〇円札一枚(前同号の三九)、木製小型印一箇(前同号の四〇)、はいずれも判示第一の犯行によつて得た賍物で被害者鈴木敏、鈴木吉次郎の相続人に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法第三四七条第一項により被害者鈴木敏、鈴木吉次郎の相続人に還付し、訴訟費用は同法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田作穂 大塚淳 小川昭二郎)

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